説得以上なっとく未満状態

 

むりに説得されたわけではない。しかし、ちゃんとなっとくができたわけでもない、という経験をすることってありますよね。
なんとなく理解はできますけど、腑に落ちてないという状態になります。
つまりは、説得以上なっとく未満の状態になります。
たとえば、あなたがなにか困難なことに遭遇して、困っていたとします。
あなたは、その困難なことをじぶんにとって大切な出来事だと理解してそれをみずからの力で克服しようと努力をしています。
そんなときにひとりの友人があなたの様子を見て、「なんで困ってるのに話してくれないの?」といってきたとします。あなたは、たしかに困っていますが、助けてほしいとは思っていませんからあきらかに理解にズレが生じてしまっています。
「大丈夫、自分でできるから」
といってもその友人はなっとくをしないでしょう。口ではわかった、というかもしれませんが、腑におちてはいないのです。
友人は、目の前に困っているあなたがいる、助けてあげたい、という表面的な理解だけをしていて、じぶんに大切なことなので、じぶんの力で克服しようとしている、とうより深い理解をしていません。
ですので、あなたがその友人に、大乗だよ、自分でやるから、といってもその真意は伝わらずに友人はなっとくができないのです。
では、こうした場合はなんといえば友人はなっとくをするのでしょうか・・・。
では、こういった場合はなんといえば友人はなっとくをするのでしょうか・・・。
たとえば、このようないい方があります。
「気が付かなくてごめんね。ひとりで頑張っちゃったよ、ありがとうね。」
これはまず、あなたを助けてあげたいと思っている友人を、その友人の思考のレベルで受け止めています。
これが、ひとをなっとくさせる会話の基本になります。

ひとは、なんいせよ、自我が守られたと感じると安心できるからなのです。
そして友人が安心できたことを確認してから、「これを自分の力で克服するこって大事だと思ったんだ。だから助けてっていわなかったんだ。」
というのです。
通常ですと、理解というのは、具体的な事象をとらえるレベルと抽象的な概念をとらえるレベルのふたつがあります。
前者を思考、後者を知能とよんで区別していきます。
少額1年生に足し算を数えることはできます。3個のりんごと、2個のりんごを合わせますと、全部で5個になります。
これは思考による理解になります。思考というのは、目の前の現実をとらえてときには比較して判断する能力になります。
しかし、彼らに3が9の因数であることを教えて理解させることは困難になります。3も9もわかりますが、この2つの数字をつなげる理論は抽象的な概念を理解する知能が必要になってくるからです。
一般的にひとは8歳くらいからすこしずつ知能が発達しはじめます。おとなになれば、抽象的な概念を理解する知能が備わるのですが、感情がリラックスしていないと、知能がうまく機能しないために、いってることがわかるけど、その内容をきちんと理解して、なっとくをすることができない、ということが生じるのです。
また、自分の力で克服することって大事だと思った、と自身のことを話すことも、説得以上なっとく未満の状態をなっとくにもっていいくための大切なポイントになります。
ひとからじぶんのことをいわれると、自我を守るために本能的に身構えるものなのですが、そのひとがそのひと自身のことを話しているときにリラックスして聞くことができます。

 

ホーム RSS購読 サイトマップ